<% @LANGUAGE="VBScript" %> 八帖味噌と三河武士 岡崎市 ぶらりと休日バックナンバーへ

 


 「五万石でも岡崎さんは お城下まで船が着く」
 矢作川と乙川の清流にはぐくまれた徳川家ゆかりの城下町が岡崎である。 町は、徳川家康の父祖松平清康によって作られ、明治までの徳川家450有余年の歴史をもつ町で、家康に由来する史跡や文化財が町のあちこちに散在している。
 そして岡崎といえば「三州味噌」、お城から西へ八丁離れた八丁村で造られたので「八丁味噌」と呼ばれ、 三河の大豆、吉良の塩、矢作川の湧水と舟運、そして温暖な気候が、好立地条件となって八丁味噌が造られた。 長期保存可能で寒暑にも変味せず、持ち歩くにも便利ということで、三河武士の兵糧として重宝がら、家康は陣中で、この味噌を焼いて食べるのを好んだという。 三河武士ご用達の八丁味噌も、家康が江戸に幕府を開いたことで、全国的にその名が知れることとなった。

 鎌倉時代から三河は、足利氏が五代に渡って守護を勤め、室町幕府成立後、足利氏の領地は幕府の直轄地となり、これを管理する幕府の役人伊勢氏の家臣の松平氏が、三河での勢力を拡大してゆき、血族中心の松平武士団をつくって三河を支配した。
 しかし松平7代清康が、家臣に殺害されると三河支配体制が崩壊し、今川氏の支配となる。松平8代広忠の長男として生まれた元康(徳川家康)は、今川氏と織田氏に東西から挟まれ、人質として少年から青年時代を過ごす。桶狭間で今川義元が戦死した後、家康は岡崎城に戻り三河平定に乗り出し、本田忠勝などの三河武士団の活躍で、三河を平定し、徳川家の基礎を固めてゆく。




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