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 京都府北部、丹波と丹後の境界にある大江山、その北の裾野に広がる盆地が加悦町である。 一昔前は、与謝峠を越えるのが一苦労であったが、今は福知山からR176で30分足らずで加悦町に着く。
 盆地の真ん中を野田川が流れ、そのまわりには水田が広がり、日本の風景にありがちな心和む山里、それが丹後ちりめんの生産地として古くから知られた加悦の町である。 集落は、与謝峠を下りきった所からはじまり、与謝、金屋、後野そして町の中心、加悦、算所と続く。 織物業者が軒を連ねた古い町並みは、後野の西光寺辺りから加悦の旧加悦町役場までの「ちりめん街道」と呼ばれる旧街道沿いに残っている。 今は、「ガチャガチャ」という機織の音を聞くことはできないが、昭和の時代までは、辻々に機の音が響いていたのであろう。  
 
 加悦町は,古代から交通の要衝であったことから中世には「市」が形成され、農産物や手工業品の集散地として栄えてきました。特に織物業が盛んで「丹後精好」と呼ばれる絹織物生産の中心地でした。
 現在の「丹後ちりめん」は、1720年、峰山の絹屋佐平治が京都西陣から製織技術を伝え、1722年には加悦の手米屋小右衛門などが西陣で技術を学んだことが始めとされ、丹後一円に広まりした。
 出格子と虫籠窓、玄関先の彫刻、田舎の町でありながら、どことなく洗練された京の都の匂いが漂うこの町は、京都西陣と深いつながりがあったことを偲わせる。 また丹後地方で始めて郵便局や銀行ができたのもこの加悦町である。 さらに大正15年には、丹後ちりめんの大量輸送手段としての鉄道を自力で引いた。


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